マクロスΔとマクロスF、両作品を考察する

最終的にアルトは誰を選ぶか

劇場版はともかくとして

シェリルとランカ、双方が明確に好意を寄せているにも関わらず、中盤が過ぎるまでその思いに気づくことがない主人公『早乙女アルト』。テレビシリーズを見たときには、正直言って若干イラッときたことを告白する。ただ調べていくと、声優さんがアフレコをしている際にはアルトを演じているというだけで共演者の女性声優さんから非難轟々だったというエピソードがあるという。それはさすがに行きすぎだろうと言いたくなりますが、それくらいアルトの優柔不断が度を超えている証なのかもしれません。

特にテレビシリーズではヒロイン二人の間を揺れに揺れて、肝心な時こそ何かするべきだろうということも出来ないまま、見過ごしてしまったりと結構ダメさ加減が見えていた。細やかに配慮しろとまで言うつもりはありませんが、それくらいアルトという主人公には女性目線でどうにかならんのかといった意見が多く見られる。こればっかりはどうしようもないが、筆者的にも同意できるのでフォローする気もない。

ただそんなアルトを見直したのが、劇場版からだ。この作品でも時折揺れる場面こそ見られるものの、冷静に見れば一貫して誰に惹かれつつあるのかが見えてくるからです。少なくとも筆者には、劇場作品から早乙女アルトというキャラクターの苦悩が理解できるところもある、そう感じられた。

テレビと劇場版

基本的な設定はテレビと劇場版では殆ど共通している。元は天才子役の歌舞伎役者として将来を嘱望されながらも、空を飛ぶという夢を捨てきれないことから家から勘当されてパイロットの道を歩き出す。テレビ版では確執ばかりが焦点にあてられていたため、イマイチピンときませんでしたが劇場作品で役者というものに空恐ろしい恐怖を感じていたとランカに吐露した時、視聴者ながら彼の闇を垣間見たように思えた。

誰かを演じれば演じるほど、自分が誰なのかわからなくなってくる。いつか自分という存在を見失うかもしれない、そんな恐怖から舞台を捨てたと告白するシーンに胸が締め付けられた。自分の求める夢もない、ただ舞台という世界に対する未練も捨てきれないテレビ版と違って、劇場版では逃げていることをきちんと受け止めていると思えた。

ただそれだけではいけないことも理解しており、ヒロインたちの邁進する姿に後押しされて道を見出す点は共通している。ただその架け橋になったのが異なっており、テレビ版では両ヒロインからだが、劇場作品ではシェリルがどうして命をかけるほどに舞台を求めるのかを知った時、アルトの中で何かが開けたと思っている。

フィーチャーされる恋愛模様

テレビ版ではシェリルとランカ、両方との交流がフィーチャーされ、それは劇場版にも見られる部分ではありますが、密度の濃さは違っているように思える。特にランカの場合、テレビシリーズでは初対面とあって素性を詳しく知らない事から憧れに近い形から恋愛に発展したのに対して、劇場版では知り合いで過去に何をしていたのかを知った上でランカもアルトの恐怖を受け止めている。一見すればいい雰囲気に見えるものの、それでも二人が友人以上恋人未満という関係に変わりない。また恋愛的な描写も映画版ではほとんど見られなかったと個人的に考えている。

それに対してシェリルとの交流はテレビ版と劇場版ではあまりに違っていた。テレビ版はランカと同じ立ち位置から来ているが、劇場版ではアルトのことを最初から知った上で初対面を装って近づいているのです。一度会ったことはあっても覚えていないアルトに、変わらぬ恋慕を寄せて等身大の自分を見せることでその魅力がアルトに伝わる。

またアルトも銀河の妖精とまで呼ばれるシンガーとして活躍するシェリルの生き様と気高さに影響を受け、彼女が何をしようとしているのかを真意を確かめる辺りから接する態度に変化が見られるようになった。特に恋離飛翼では中盤以降にあるシェリルの行動に対して裏切られたと想いもしたが、それでも彼女に対する想いが本物であり、ランカとは違った本当の意味での愛であることを認識している。

劇場版の結末を

そういう意味ではアルト、劇場版での行動にはやはり心締め付けられる部分がある。幼いころから想い続けた相手とやっと通じ合えたと想ったら、目の前で離別に会い、愛する人の名を叫びながら昏倒してしまうヒロインのエピローグがあまりに悲しい。

明確に主人公とヒロインが死亡したといった表現こそないものの、最終的に幸せになってもらいたいと考えている人も多くいる。事実、その派生作品として発表された漫画では生きていた主人公が選んだヒロインとハッピーエンドを迎えてもいる。優柔不断なアルトが劇場作品ではきちんと選んだ相手に納得している人、しない人といるでしょう。ただ作品を一貫して見てもらえれば分かるように、アルトの気持ちは既に何処へ向かおうとしているのかが見て取れる部分が多々散りばめられているのだ。

こうした点に注目しながら、本作を見てみるとまた違った面白さを実感できるかもしれませんね。